デス・オーバチュア
第115話「運命の三羽烏」




世に占い数あれど、もっともポピュラーな占いは水晶占いだろう。
水晶玉に未来の『映像』そのもの、あるいは暗示するものを映し出す……ただそれだけのもっともシンプルな占いだ。

もうすぐ久しぶりに客がやってくる。
ああ、この客は間接的にあたしと縁がある存在だ。
あたしとあの子との『縁』はまだ完全に途切れてはいなかったのか。

さあ、さっさとあたしの所にくるがいい。
的中率120%! 永遠の美少女占い師ディスティーニ・スクルズ様があなたの未来、格安で占って差し上げましょう〜!



「……なんで、こんな険しい雪山の山頂付近に占いの館があるのよ!?」
どこからどう見ても占いの館にしか見えない妖しげで不可思議な建物が雪原の真ん中に堂々とそびえ立っていた。
「……この看板の文字……どこの文字よ? 現代のどこの大陸の文字とも違う……天使文字? いや、違う……確かこれって……う〜、知らないはずなのに知っている? て、何よ、それ?」
クロスは看板を凝視しながら唸っている。
『馬鹿ね、神聖楔(ルーン)文字も知らないの?』
突然、クロスの口がクロスでない者の声を発した。
「……う? シルヴァーナ!? あなたいきなり他人の口を……」
『他人じゃないでしょう。あたくしは貴方、貴方はあたくし……』
「……まあそうだけどさ……あれ以来、一切反応ないから消えちゃったかと思ったわよ……」
「フフフッ、そんなわけないじゃない。ちょっと休憩と自粛を兼ねて大人しくしていただけよ……」
「……自粛ね……」
「フフフッ……」
「お嬢様、お一人で『会話』されるのは、端から見ていて、そのなんといいますか……あのその……」
ファーシュが心配したような表情で口を挟む。
「う、解ってるわよ! で、シルヴァーナ、ルーン文字って?」
「楔型の神聖文字……神聖なんて言っているけど、要は魔力……呪いを込めた文字ね」
「呪いの文字……」
「呪い……想念を込めた文字で魔法的現象や拘束力を発揮させるルーン魔術ってのがあるのよ。あたくしの呪術も原理的にはそれに近い……まあ、そうは言ってもルーンってのは元々は……」
「まあ、その手の講釈は興味あるけど、とりあえず後で聞くわ。で、結局、この看板には何て書いてあるのよ?」
「バウヴ・カハ……戦場の鴉って意味ね……」
「運命の館へようこそ!!」
景気の良い声と共に、館の扉が独りに開かれた。



「……鴉……カラスね……」
確かに、そこには鴉の羽を連想させるような漆黒でヒラヒラのドレスを着た、黄色の髪を縦ロールにした少女が待ち構えていた。
「……そういえば、縦ロールって、無数にいくつも作るのと、ドリルみたいなでっかいグルグルをツインテールみたいに二つ作るのとあるわよね? あれってどっちも縦ロールでいいのかしら?」
ちなみに目の前の少女は前者、正当派?な無数の縦ロールである。
「……さあ? それよりも縦ロールって金髪じゃなければしてはいけない髪型じゃないのかしら?」
「あ、なんかそんなイメージあるわよね。別に決まりじゃないだろうけど、金髪といえば縦ロール! 縦ロールといえば金髪!……て、あの人一応金髪なんじゃないの? 金っていうより黄色ぽいけど……」
「でも、高飛車で性格きつそうなお嬢様って感じの顔しているから、似合わないこともありませんわね」
「それを言うならあなたも似合うんじゃないの、皇女様?」
クロスとシルヴァーナの端から見たら独り言にしか見えない会話は、言いたい放題だった。
「ふっふっふっ……初対面でひとの髪型を言いたい放題言ってくれるわね……」
縦ロールの少女は目だけ笑っていない笑顔でクロス達を手招する。
少女はカウンターに座っていて、その前には大きな水晶玉が置かれていた。
「……では、気を取り直して……いらっしゃいませ、失礼なお客様。あたしはディスティーニ・スクルズと申します」
「あ、あたくしとかわたくしじゃなくて、あたしなんだ?」
「くっ……髪型で他人の人称を勝手に決めつけないでください……とことん失礼ね、あなた……お望みなら、あたくしだろうが妾だろうが名乗ってあげるわよ!」
どうやら、この少女の人称や口調の地はクロスと同じ乱暴な女言葉のようである。
「そう怒らないでよ。ところで、ここって見た目通り、占いのお店なわけ?」
クロスは室内を見回しながら尋ねた。
「まあ、メインはそうよ。正確には占いの館兼カード屋だけど……」
「カード(絵札)?……てあれ?」
ガラス張りの飾り棚(ショーウィンドウー)の中に、不可思議な絵の描かれたカードが一枚一枚、宝石のように丁寧に陳列されている。
そして、一枚一枚の下に法外な値段の値札が貼られていた。
「そうよ。まあ、カードの販売とカード占いは担当者が席外しているけどね……とりあえず、占いはいかが? ここが雪山になってから最初の客ってことで格安で占ってあげるわよ」
「占いね……そんな場合じゃない気も……」
そもそも、なんでこんな山頂に占いの館があるのだろう?
(山頂……峠にあるのは普通、茶屋じゃないの? まあ、正確にはまだ峠じゃないけどさ……)
何の店があるか知らなかったが、一服……休憩するつもりでここに来たのだった。
それに、迷子になっているランチェスタも捜さないわけには……。
「ああ、捜し人? タナトスと電光の覇王の成れの果てのどっちのが知りたいの?」
「……えっ?」
縦ロールの占い師は予想外のセリフを、あまりにもサラリと言った。
「今、なんて? 聞き間違いよね?」
「何驚いているのよ? あたしは占い師よ。何でも知っているに決まっているでしょう。一番上の姉様の言葉を借りるなら、星は何でも知っている……あたしの場合は水晶玉は何でも知っている……う〜ん、いまいち決めセリフにならないわね」
「…………」
「我が水晶は全ての真実を暴き出す!……とかどうかな? いまいち?」
「………………」
「ああ、そんなに悩むことはないよ、クロスティーナ。確かに彼女は一見、君と同じで馬鹿っぽいけど、占い師としては超一流……というかぶっちゃけ運命を司る女神の一人だからね、彼女は……的中率は120%の神託をしてくれるよ」
「……あ、あなたまだ居たんだ?」
占いの館までの道案内の間は、先頭に立って雪だるまなどの障害を撃破しながら、軽口を絶やさなかった少年。
「居たのかは酷いな」
少年、ナイトは気障な笑みを口元に浮かべた。
「白鳥の次は蝙蝠か……まあいいわ、あなたも占って欲しいのかしら?」
「いや、俺はあくまで彼女達をここまで案内してきただけだよ。彼女達を休ませてあげたかったしね」
「休憩所にされても困るわね。ウチは茶屋でも喫茶店でもないんだから……」
「勿論、期待のメインは占い師としての君達姉妹の能力だよ」
「ふん、どうだかね……」
微笑を絶やさない少年に、占い師は鋭い眼差しを向ける。
「君達? あなた以外にも占い師が居るの?」
「ええ、居るわよ。末妹のあたしは水晶占いだけど、下の姉様はカード占いで、上の姉様は星占い……ああ、下の姉様は今外出中だけどね」
「へぇ……」
「別にあたしが気に入らないなら上の姉様と代わってもらうけど?」
「ううん、あなたでいいわよ。星占いよりは水晶占いの方が信用できるというか……あたしの姉様の占いも水晶占いだったしね」
「まあ、それはそうでしょうね、あたしが教……」
「えっ?」
「ううん、なんでもないわよ。じゃあ、さっそく占ってあげましょうか。水晶玉をよ〜く見ていなさいよ」
水晶玉にゆっくりと何かの映像が浮かび上がっていった。



「……なんだここは……」
峠、そこは明らかに別世界だった。
亡霊、死霊、悪霊、怨霊……ありとあらゆる霊が溢れかえっている。
霊視の力など無い常人ですらはっきりと見える程に霊達は具現化していた。
それ程にこの場の霊達は大量で、力強い。
「霊など可愛いものだよ……悪魔や魔族に比べれば……」
空間にめり込むように存在している、半ば開かれた『門』、その門の前に一人の人物が死霊達を纏い、従えるように佇んでいた。
血の色である赤と魔性の色である紫が混ざったような毒々しい赤紫の髪と瞳。
本当は腰まで余裕であるだろうボリュームのある長い髪を結い上げている。
衣服は、全裸の上に血のように赤い色のコートを前開きで着込んでいるだけだった。
「……いや、悪魔よりも魔族よりも……もっとも恐ろしいのは生きた人間かな……?」
年齢は解らない、幼いようにも、大人のようにも見えた。
性別すら胸の膨らみさえなければ、男なのか女なのか解らない中性的な顔立ちをしている。
「……お前が元凶か……?」
タナトスは魂殺鎌を召喚し、構えた。
目の前の存在が普通でないことは一目で解る。
普通なら一瞬で取り殺されるか、喰い殺されるであろう大量の死霊達を忠実な下僕か何かのように侍らせているのだ。
「……いや、私はただの便乗だよ。門が開かれたおかげで……漏れ出す大量の瘴気で死霊達がはしゃいでいる……ふっふっふっ……私まで血が騒ぐよ……」
少女はそう言うと、右掌に乗せていた物にそっと接吻する。
それはよく見ると、腐った人間の生首だった。
「……なんだ……この感じは……」
この少女はいままでタナトスが出会った魔族や神族とは何かが根本的に違う。
一言で言うなら薄気味が悪いのだ。
いままであった高位の存在は神族であろうが魔族であろうが神々しいというか、人間との次元の違いを押しつけて圧倒するような感じがしたのだが、この少女はそういった存在の『強さ』ではなく、存在の『不気味さ』があまりにも人間と異質なのである。
「……お前はなんだ? 魔族なのか……?」
「ふっふっふっ……君のその認識の定義で言うのなら神族の末席に位置する者……女神の端くれだよ……」
「……女神……?」
タナトスには信じられなかった。
こんな薄気味の悪い……例えるなら全身に『死』を纏っているような女が女神とはとても思えない。
死霊を身に纏い、死臭と血臭を体中から香らせる……神や聖とは対極に位置するような存在に思えた。
「この世界ではとりあえず……カード・ヴェルザンディと名乗っている……いや、君にはマハと呼んで欲しい……亡霊たちの偉大なる女王マハと……」
マハと名乗った少女が、手に持っていた生首を宙に放ると、生首は弾け飛び、赤い血でできた花火を宙に描き出す。
次の瞬間、天から赤い炎の雨が降り注いだ。



漆黒の髪の少女の唇が、紫がかった白髪の幼い少女の唇にゆっくりと近づいて……。
「いやあああああああっ! 姉様ぁぁっ!」
叫び声を上げながら、クロスは外へと飛び出していった。
「お嬢様、お待ちください〜!」
ファーシュもまた後を追うように外へと消えていく。
残されたのはナイトと占い師だけになった。
「あなたは追いかけないの、蝙蝠?」
「すぐに戻ってくるのに追いかけてもしょうがないだろう」
「それもそうね。まだ、どちらの居場所も教えてないもの」
クロスは水晶玉に映った光景に耐えられなくて、本能、反射的に飛び出していったに過ぎない。
映像が現実……現在になる場所すら知らずに駈けていったのだ。
「さて、待っている間暇だしね……せっかくだから、俺も占ってもらうとするか」
ナイトはそう言うなり、店の奥へと入っていこうとする。
「何? あたしじゃなくて姉様に占ってもらうの?」
「君の占いは的中率は絶対だが面白みに欠ける。未来のワンシーンを水晶に映し出すだけだからな……明確に解りすぎてつまらない。占いとは好きに解釈できる暗示的ものの方が面白い」
「ふん、言ってくれるわね。まあ、その理屈は解らなくもないけど……あたしのは本当『未来視』だものね。占いのような不確実さも、神託のような勿体ぶった神秘さもない」
「そう卑下することもない、未来を司る女神よ。君の占いは絶対的すぎる……ただそれだけの話だ」
ナイトは励ますようにそう言うと、店の奥へと消えていった。



「やあ、相変わらず、小さくて可愛い姿だね、ウルド・ウルズ」
そこは部屋の中とは思えない、無限に広がる夜の闇と星々の世界。
まるで星界に迷い込んだかのようだった。
「…………」
星々と夜の世界の中心に、五歳ぐらいの少女が堂々と立っている。
灰色金髪(アッシュブロンド)の髪は少女の背より長く、床に波のように拡がっていた。
幼い姿には不似合いな禍々しい灰色の鎧とマントを着込んでいる。
両手にはこれまた少女より長い錫杖がそれぞれ握られていた。
「……占いをお望みですか、夜と血に生きる者よ……」
少女の肌は吸血鬼であるナイトにも負けぬほど青白い肌。
「ああ、頼めるかな、血と死を求める邪悪な戦女神よ?」
「…………」
星の輝きのような静謐な輝きを放っていた少女の瞳が、禍々しい赤い輝きに変色し、ナイトを凝視した。
「……いいでしょう。星は何でも知っている……わたくしは星の軌道からあなたの宿命を詠み取り……告げる……ただそれだけ……」
静謐な星々と夜の世界に、錫杖の奏でる美しい音だけが響き渡る。
「……夜よりも暗く深く、血よりも赤く濃く……招かざる客に馳走は無し、血の杯はすでに溢れている……医者と人形と女王……赤はもういらぬ……全てを埋め尽くす絶対の白……神と魔の狭間の者よ……汝は知る、神も魔も超えた最古にして最強なる種の存在を……死神を贄として目覚めるは雷光……訪れるは夜すら呑み干す気高き闇……四方の法則すら超え、集いし魔性の狂宴……魔を統べる者に栄光あれ……」
一際激しく錫杖が鳴った。
「……以上です」
「フッ、よく解ったよ。要するに俺はお呼びじゃないわけだ。まあ、それならそれで宴を見物させてもらうとするさ」
ナイトは気障な微笑を浮かべる。
「ところで、大分、俺以外の者の神託が混じっていたように思えたけど? 神と魔の狭間の者というのはクロスティーナのことだろう?」
「さあ? わたくしはただ告げるだけ……神託の意味をどう解釈するかはそちらの勝手……」
「そうだな、だから君の占いは好きだ。自分に都合良く解釈し『思い込む』ことができるからね……で、神託の中にあの存在についての記述は一切なかったが……あれはどう考えても主要人物だろう? なぜ、無い?」
「光の皇と闇の皇はわたくしには占えません。存在の次元が違いすぎますので……」
「魔王ごときとは違うってわけだ」
「…………」
「まあ、お陰で宴の出席者がだいたい解った。呼ばれてない者としては、さっさと会場に押し入って無理矢理席を作るとでもしようか? それとも……遠くから寂しく宴を眺めるとするか?」
「……御自由に……どのような選択をしようとも辿り着く運命は変わらない……星の軌道が違えることがないように……」
「そうか? 運命は自分の手で切り開くものだ!……とかよく言わないか?」
「…………」
「じゃあ、また会おう、死肉を啄む鴉の女王よ」
「…………」
ウルド・ウルズは、星々と夜の世界から消えていくナイトの姿を、どこまでも赤く禍々しい瞳で無言で見つめていた。








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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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